名島城跡
近所をぶらついてきました・・・更に歩いて筋肉痛 編 8
豊川稲荷の隣に階段がありまして・・・さらに登ると・・・
名島城址公園
名島城(なじまじょう)は、筑前国名島(現:福岡県福岡市東区名島)にあった城。
概要
博多湾に突き出した標高50mの丘陵に築かれた名島城は三方を海に囲まれ、本丸、二の丸、三の丸、南丸で構成されており、安芸国三原城と同様、水軍の根拠地としての性格の強い城であった。現在はほとんどが市街地と化しており、天守台の一部や名島神社にその名残を留めるのみである。(wikipediaより)
名島城は元々立花鑑載が天文年間に立花城の出城として築いた城だそうです。
その後、天正15年、九州平定を終えた豊臣秀吉が小早川隆景に筑前、筑後、肥前の土地を与え、この小早川隆景が名島の地に水軍を活かせる海上を築きました。 豊臣秀吉も名島城築城に積極的に関わったと筑前国続風土記に記されています。
しかし、慶長5年の関ヶ原の戦いで徳川家が勝利を治め、名島城は黒田長政に与えられたのでした。
それからというもの、城下の地域が狭いことを嫌った長政は名島城のすべての資材を運び出し、福岡城を築きました。名島城は慶長7年、ついに廃城となってしまいました。(名島運動公園HPより)
小早川隆景公入府400年を 記念して、三原市郷士史研究会・三原市郷土を愛する会より移植寄贈された、足利学校ゆかりの不断梅です。 常に実が絶えないことから『不断梅』と言われているそうです。(名島運動公園HPより)
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