« 唐津神社  | トップページ | 風靡のラーメン 原本店 »

2012年8月26日 (日)

奥村五百子像~時の太鼓 

唐津ドライブ2012 その15

ローソンがあったので一服、そこから歩いて散策・・・橋を渡ると・・・

P8180802

何やら銅像がありました・・・

P8180803 奥村五百子像

奥村 五百子(おくむら いおこ、弘化2年5月3日(1845年6月7日)-明治40年(1907年)2月7日)は、幕末・明治期の社会運動家。愛国婦人会の創設者。

経歴
肥前国唐津出身。父は真宗大谷派釜山海高徳寺の住職で、父の影響を受けて尊王攘夷運動に参加、男装の姿で長州藩への密使を務めたこともあった。同じ宗派の福成寺の住職大友法忍に嫁ぐが死別、続いて水戸藩出身の志士の鯉淵彦五郎と再婚するが離婚する(征韓論を巡る意見対立が理由とされる)。離婚後、唐津開港に奔走する傍ら朝鮮半島に渡って明治29年(1896年)、光州にて実業学校を創設、半島への浄土真宗布教のために渡った兄を助けた。北清事変後の現地視察をきっかけに女性による兵士慰問と救護や、遺族支援が必要と考え、1901年に近衛篤麿・小笠原長生や華族婦人らの支援を受けて愛国婦人会を創設する。以後、会のために日本全国で講演活動を行い、日露戦争時には病身を押して献金運動への女性の参加を呼びかけ、戦地慰問に努めた。(wikipediaより)

さらに歩くと・・・小さな公園があってそこに・・・

P8180806 時計台がありました。

P8180807 P8180809

時の太鼓(説明はクリックで拡大)

P8180808

その後、まぁ・・・色々ありまして・・・気分が悪かったので早々に帰ってきましたとさ。

唐津ドライブ2012 おしまい

|

« 唐津神社  | トップページ | 風靡のラーメン 原本店 »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 奥村五百子像~時の太鼓 :

« 唐津神社  | トップページ | 風靡のラーメン 原本店 »