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2009年8月21日 (金)

東公園に行ったよ・・・亀山上皇編 2

Img_1946

亀山上皇像

公園中心の高みに位置する。像本体4.8m。県指定有形文化財。高村光雲弟子の山崎朝雲によって木彫原型が制作。福岡警察署長の湯地丈雄が長崎事件(1886年)を期に主唱した元寇記念碑建設運動に端を発し、日露戦争中の1904年(明治37年)12月25日に除幕式が挙行された。(wikipediaより)

今では埋め立てられて見えませんが、日蓮聖人も亀山上皇も海に向かって睨みを利かせています。いまここから見えるのは・・・

Img_1947 福岡県庁・・・殺風景・・・

・・・と言う事で東公園を後にするのでした・・・

Img_1949

東公園 概要

敷地面積はおよそ7万平方メートル。公園中心の高みには亀山上皇像が建ち、その周囲には県花のウメや県木のツツジなどの樹木や流水を配した日本風公園として市民県民の憩いの場所となる。住所は大半は博多区東公園になるが、一部は博多区千代や東区馬出となる。

かつて千代の松原の一部であったのを、1873年(明治6年)の太政官布告に基づいて1876年(明治9年)あるいは1877年(明治10年)に公園地とした。福岡県内最初の県立公園である。それより前の1868年(明治元年)には旧福岡藩主黒田長知によって招魂社が妙見・馬出の地に創建されている。当初は東松原公園の名称であったが、1900年(明治33年)に東公園と改めるとともに県の管理となった。

その後、公園周辺の開発により白砂青松の景観は失われるが、代わって1910年(明治43年)川上音二郎によって洋風劇場の博多座(現在の博多座はこの名を踏襲したもの)が建てられた。また1933年(昭和8年)には福岡市動物園が開園したが、これは太平洋戦争の戦局悪化により1944年(昭和19年)に閉園、戦後の動物園再建では南公園へ移転した。

1981年(昭和56年)には公園北側に県庁舎が移転。運動施設は移転。(wikipediaより)

おしまい

・・・と思いきや・・・オマケにつづく

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